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東京地方裁判所 平成4年(モ)21546号 決定

破産者

甲野太郎

右代理人弁護士

村山永

主文

一  本件免責申立てに際し提出された債権者名簿記載の債権者の債権に関し、次の部分について破産者を免責する。

1  本件決定確定時の元利合計金額のうち、利息及び遅延損害金の全部並びに元本の八割

2  本件決定確定時の元本の二割に対する右確定日の翌日から一年を経過する日までの遅延損害金

二  その余について、破産者の免責を許可しない。

理由

一一件記録及び破産者審尋の結果によれば、破産者は、昭和四九年一一月に寝装用品の販売等を目的とする株式会社A(資本金八〇〇〇万円、以下「A」という。)に入社し、平成三年の同社倒産(平成三年二月二六日破産宣告)に至るまで同社に勤務したが、おそくとも平成元年頃からは同社の取締役の地位にあり、主として仕入部門を担当していたこと、破産者は、昭和五四年頃から平成三年頃に至るまでAの接待交際費として、料理屋、スナック等で一か月約一〇万円をクレジットカードで支出したこと(昭和五四年から昭和五八年頃について平均すると、破産者の月収が手取り約二五万円であったのに対し、破産者が支出した接待交際費は一五万円前後であり、この内Aが負担したのは五万円前後であった。なお、破産者は当時賃料月額二二万五〇〇〇円のマンションに居住していたが、昭和六〇年頃まではその半額をAが負担してくれていた。)、破産者はこのほかクレジットカードによる洋服等の購入で一〇〇万円前後の債務を負担したこと、昭和五八年頃からはAの業績が悪化し、給料の遅配や一部カットがされるようになり、破産者は債務支払いのためにキャッシングによる借入れもするようになって負債が一層増大したこと、その結果、破産者は平成四年八月二〇日、債権者約一一名に対し、総額約一一六一万円の債務を負担し、支払不能の状態にあるとして、当裁判所に対し、いわゆる自己破産の申立てを行い、同年一二月一八日午後五時に同裁判所で破産宣告(同時廃止)の決定を受けたことが認められる。

右事実によれば、破産者は自らの財産状態に対し、必要で通常の程度を越えた支出(月収約二五万円しかないのに、その五分の二以上の金額を飲食費等に費消することは、いかに会社の接待交際費として支出したものとしても自らの財産状態に対して必要で通常の程度を越えた支出というほかない。)をし、よって過大の債務を負担したものというべきであり、破産者には破産法三六六条ノ九第一号、三七五条一号に定める免責不許可事由(浪費)があると認められる。

二次に、裁量による免責の許否につき検討するに、一件記録及び破産者審尋の結果によれば、破産事件の審問の際、裁判所から総負債額の一割(一一六万円)に相当する金員を免責の審尋期日までに蓄えて、債権者に負債額の各一割を弁済するよう指示され、破産者もこれを実行する旨約束しておきながら、その後事情が変化したとして破産宣告から約五か月半経過した免責の審尋期日までに全く金員を蓄えず、今後も現在の生活状況からして弁済することができない旨表明しているが、破産者(四九歳)は、妻(三八歳)、長男(一四歳)、長女(一二歳)の四人暮らしであり、本人家族共に健康状態に特に問題はなく、現在会社員として、月収約二四万円程度を得ており、妻も月に約二〇万円程度のパート収入を得ていること(但し、妻も約二〇〇万円の負債があり、月に約五万円返済している。)、破産宣告後の転居先も賃料一四万六〇〇〇円(共益費を含む。破産宣告時には賃料二二万五〇〇〇円のマンションに居住していた。)と高額であることを考慮すると、破産者は前記約束遂行のための真摯な努力をしているとは認め難いこと、破産者はAの破産事件において六八八万八三三四円の労働債権の届出をし、右事件では配当の余地はないものの、管財人の努力により、労働福祉事業団から一〇四万円の未払賃金等の立替払いを受けながら、免責の審尋の際には債権届出はしていない旨虚偽の供述をしていること(これ自体破産法三六六条ノ九第三号の「財産状態についての虚偽の陳述」に該当するおそれなしとしない。)が認められ、これらの事実に破産者の総債務額が一一六一万円と高額であることを併せ考慮すると、裁量により破産者に全部免責を与えることも相当でないといわなければならない。

しかしながら、前記認定のとおり、破産者の債務の中心は、経営状態が悪化した会社の取締役が接待交際費として支出したことにより負担したもので、一件記録によれば、寝装用品等の販売業界は販売促進の競争が激しく、得意先の接待は業務上必要不可欠であったことが認められることを考慮すると、破産者の右借り入れの動機には斟酌できる面もあること、本件免責の申立てにつき異議の申立てをした債権者はいないことからすると、破産者に全く免責を許可しないこととするのも破産者に酷に失するものと考えられる。

そこで、本件のように、免責不許可事由が存在するが、裁量により免責を全部許可することも、全部免責を不許可とすることも相当でないと判断される場合には、裁判所は、破産に至る経緯、総負債額、破産者の現在の生活状況、更生の可能性等諸般の事情を考慮して、債務の一定割合部分のみを免責し、残部を免責不許可とすることが許されると解するのが相当である。けだし、免責制度が誠実な債務者に対する特典である以上、多様な誠実性の程度に応じて免責の割合を決することが制度趣旨に合致するものであるし、また条文上も破産法三六六条ノ九が「免責不許可の決定を為すことを得」と規定して裁判所に免責不許可につき裁量権を与えている以上、部分的な免責不許可決定をすることも裁量権の範囲内に属すると解されるからである。なお、右のような一部免責を認める場合、破産法三六六条ノ九第四号との関係で免責不許可となった場合よりも債務者に不利になることがあるから(免責を除外された債権のために再度の破産の可能性が高まる可能性がある。)、破産者の申出が必要であると解する見解もあるが、右のような弊害は一部免責の決定を受けた破産者が右決定確定前に免責の申立てを取り下げることにより回避可能であり、ことさら一部免責の申出までは必要でないというべきである。

右見地にたって、本件の場合の免責不許可割合を検討するに、前記のとおり、破産者は破産宣告の際、そもそも総負債額の一割に相当する金員を蓄えて債権者に弁済する旨約していたこと、現在でも同居の配偶者の収入を加えると相当額(一か月約四二万円)の収入を得ており、健康状態にも特に問題はなく、より賃料の安い住居に転居して生活費の出費を抑制すべく努力すれば、毎月一定額の貯蓄をすることも不可能ではないと考えられること、その他破産に至った経緯、総負債額、破産者の更生可能性等を考慮すると、破産者には本件免責申立てに際し提出された債権者名簿記載の債権者の債権に関し、本件決定確定時の元利合計金額のうち、利息及び遅延損害金の全部並びに元本の八割に相当する部分については免責を許可すると共に、その余の部分については免責を不許可とし、右不許可部分の存在による再度の破産の危険性を減じるため、同部分について実質的に弁済期限を猶予する趣旨で、右不許可部分(元本の二割)に対する本件決定確定日の翌日から一年を経過する日までの遅延損害金についても免責を許可するのが相当である(なお、右のような免責不許可割合の決定方法によると、現実に免責不許可となる負債額が判然としない点があるが、そもそも免責申立てに際し提出された債権者名簿だけからは元本、利息等の充当関係や内訳がどのようになっているのかについて判断することは困難であり、また免責という非訟手続の性質からも、そのようなことはできず、それらについては通常訴訟による裁判手続に委ねるのが相当であると解されるから、右のような形で特定するしかない。)。

三よって、主文のとおり決定する。

(裁判官神山隆一)

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